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おしえて!淡口しょうゆ

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淡口しょうゆの歴史

鎌倉時代
しょうゆの起源
禅僧覚心(法灯国師)が宋から径山寺(きんざんじ)味噌の製法を修得して帰国。この味噌のたまり液を食物と共に煮ると良い味の料理ができることがわかりました。これがたまりしょうゆの起源です。覚心は播州東光寺を開山、龍野に製法が伝えられました。
安土桃山時代
龍野でしょうゆ醸造開始
足利義満の四職・赤松の家臣、円尾孫右衛門、横山五郎兵衛、片岡治兵衛が龍野でしょうゆの醸造を開始しました。
江戸時代
淡口しょうゆの登場
龍野で今までのしょうゆとは違う色のうすい淡口しょうゆが造り出され、素材の持ち味を生かすしょうゆとして好評を博しました。
淡口しょうゆの発展
龍野藩脇坂安政がしょうゆ業の育成に力を入れ、龍野でのしょうゆ醸造はほとんどが淡口しょうゆに切り替わりました。
淡口しょうゆの進化
龍野発祥の伝統的な淡口しょうゆは米を特別に醸造原料に使用する工夫がなされ、淡口しょうゆの基礎が完成しました。そして、京都の精進料理や懐石料理に用いられるうちに、現在の洗練された淡口しょうゆになりました。
淡口食文化圏の形成
脇坂安宅が京都所司代となり、京都、大阪への販路拡大に尽力した結果、現在の近畿を中心とした淡口食文化圏を形成。素材の持ち味を生かし、見た目の美しさをも尊重する関西料理の特長は、こうして発展していったのです。
明治時代
近代工業化
龍野醤油同業組合が発足し、品質の安定化など時代に即応した近代化への一歩が踏み出されました。
昭和時代
しょうゆの統制
第二次世界大戦下、食糧難のため軍部は米を原料に使用する淡口しょうゆの製造を中止させようとしましたが大阪のうしまどや商店・海老重次郎などの活躍によって危機を回避しました。
統制解除
第二次世界大戦後、自由経済に戻り、龍野で淡口しょうゆの醸造が再開されました。やがて、生活の変化に伴い、食生活にうす味嗜好の傾向が生まれ、関西を中心に淡口しょうゆの需要が拡大していきました。